25ヶ月齢の廃用牛なんて絶対に美味しくないと思っていた。

こんにちは。
但馬牛繁殖農家の肉屋さん、田中畜産の田中一馬です。

久しぶりにお肉のカットをしました。
25ヶ月齢の但馬牛の去勢牛。

「ん?」と思った方はさすがです。

黒毛和種の中でも晩熟な但馬牛は、通常30~32ヶ月齢で屠畜を行います。
長いものでは36~40ヶ月齢なんて牛もいる。

25ヶ月齢は早すぎる。
この牛は病畜として出荷した牛だった。

廃用という名の屠畜

お肉になるために生まれ、人の思いで屠畜の時期を決められる牛。
何を持って天寿を全うと呼ぶのかはわからないが、少なくともすべての牛が人の思う時期まで全うできるわけではない。

牛の調子が悪いときは途中下車して食肉になるケースも多い。
廃用とは食肉として使えるよう、早期に出荷するということだ。

それでも残念という気持ちが大きい。
ただこれは僕の捉え方。
牛にとっては廃用も屠畜も同じことです。

本当はもう少し早い決断も出来た。
でも迷っちゃったんだよね。
もったいないなって。
調子を崩した牛は落ちていくのが早く、もたもたしている間にどんどん痩せてしまう。
場合によっては死んでしまうケースだってある。

屠畜後に内臓を見てみると腎不全でした。
尿石もなかったため、先天的な腎臓の欠陥ではないかとのこと。
ぎりぎりのタイミングだったのかもしれない。

そんな屠畜を迷っていた時に背中を押してくれたのは「今はミンチだって需要があるんだから。」という兄弟子の言葉だった。
もちろんミンチの単価で出荷すれば赤字だし、おいしく食べてもらうことが牛のためとも思わない。
ただ、そのとき「出荷も廃用も同じだよな。」って思った。
健康に飼う事が大切。
利益を出すことも大切。
でもそれらの大前提として、牛を食卓に届けることが僕らの仕事。

牧場で死んだ牛は食肉にはなれません。
産業廃棄物として決められた施設で処理される。

食べてもらってこそ。
ステーキであろうがミンチであろうがそれは肉になって先の話。
大切なのは牛飼いとしての在り方を忘れないことだなって思った。

廃用も通常出荷も肉になれば食肉として同じ検査を受け、合格したものだけが市場に流通する。
僕の牛飼いとしての仕事はここまで。

あとは食肉センターの職員、受け入れ先の肉屋さん、食肉衛生検査所の先生方。。。
牛を肉にするプロの現場に切り替わる。

食肉の技術も牛飼いも、何千年も前から受け継がれてきたもの。
途切れることなく繋がってきたものなんだよね。
この流れをちゃんと受け継いで、僕にしか出来ないものを少しでも乗せれたらいいなって思う。

どうしてもこの牛の肉を食べてみたかった僕は、自宅用に少しだけお肉を買い戻すことにした。

25ヶ月齢で肥えてない去勢牛なんて、絶対に美味しくないって思っていた。

早速持ち帰ったラムをカット。
ラムはサーロインから続くお尻の部分「ランプ」と外モモに繋がる「イチボ」からなる部位です。
僕の大好きな場所。

イチボはステーキに、ランプは焼肉とロースとビーフにして、切ったその晩に食べてみました。

嘘だろっていうくらい美味い。。。

全部位買い戻せばよかったと後悔するレベルだ。
イチボという部位もあるんだろけどね。
但馬牛っていう遺伝子は凄いと本気で思った。

一方で但馬牛(神戸ビーフ)であっても「これ、僕の口には合わないな。。。」って言う肉もある。
40ヶ月齢を超えた長期肥育の雌の小豆色をした肉の美味しさも知っている。
農家によっての肉の味の違いも、個体による肉の味の違いも分かる。
それらを知った上でもこの肉は美味しかった。

・24ヶ月齢という浅い月齢での屠畜。
・枝肉重量が200kg弱と痩せすぎな体型。
牛飼いの常識で考えれば、この子は美味しいはずがない。
僕もそう思っていた。

そういえば10年前、僕が放牧で牛肉を生産したときもそうだった。
「青草を食べさせて仕上げるなんて肉が獣くさくなる。」
「放牧して肉が美味しくなるはずがない。」とみんなに言われた。
でもやってみたら美味しかった。
お肉というのは本当に不思議だ。

自分の持っている常識は常識なんかじゃないんだよな。
そんなことを1頭1頭の牛肉から教えてもらう。
常識って思い込みなのかも知れない。

枝肉から骨を外した状態では、まだお肉はあちこちに筋が入った丸い塊。
それを再度人の手で切り分けていく事で、どんどん美味しさを発揮する。
ランプ&ラムシン&ネクタイ&イチボ。
ね、肉ってこんなにも美しい。

放牧だとか長期肥育だとか廃用だとか但馬牛だとかお肉にはいろいろな肩書きがつく。

そんな先入観や常識に縛られず、目の間の肉に向き合って自分の基準をつくって行きたいな。
もちろん牛を見られてこそで。


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田中 一馬
1978年生まれ。兵庫県三田市出身。田中畜産代表。小さい頃から動物が大好きで北海道酪農学園大学へ入学。在学中に畜産の魅力に目覚め、大学院を休学して2年間畜産農家で住み込みの研修に入る。2002年に独立して田中畜産を設立。但馬牛の子牛生産をメインに、牛の蹄を切る削蹄師として全国の牛の蹄をサポートをしている。2008年に精肉部門を立ち上げ、自家産の但馬牛で放牧牛肉の生産と販売に挑戦中。