クレイジーな削蹄師

削蹄から帰るといつも、魂が抜けたようにフラフラになっている。

年齢的なものもある。
体力も落ちた。

疲れた体にはガレット・デ・ロワ

でも実は、削蹄は慣れてくると意外と力を使わない。
すり減らすのは体力以上に神経です。
麻酔も鎮静も枠場も使わず、『刃物を待って生き物と組み合う』仕事。
気もそぞろに仕事をしていると大惨事にもなりかねない。

牛を繋ぎ、脚を持ち上げ、鎌を回す過程の中で、潜るように集中をしていく。
深く深く、まるで体が牛と繋がってるのかと錯覚するくらい、全身で動きを察知して、先読みしながら牛の動きをコントロールする。

一心同体でありながら緊迫した空気の中、アドレナリンやドーパミンが過剰に出てくるのがわかる。
だから削蹄中は怪我をしても痛みをあまり感じない。
日常ではありえないくらいの集中力で次々と蹄を切っていく。
僕らは職人と呼ばれる。

でも実は海外のからの評価は全く別。
クレイジー(イカれてる)なんだって。
確かにそうかもしてないな。
いつまでもできる仕事ではない。

今の僕は職人ではなく選手だ。
プロスポーツマンの選手生命って意外に短い。

クレイジーじゃなきゃ削蹄なんてできない。

ただ一つ補足をするならば、クレイジーにも色々ある。

クレイジーな削蹄師

先日甥弟子と二人で削蹄に行ってきました。

道中含めて楽しかった。
15歳からこの世界に入った甥弟子も、気がづけばもう19歳。
あっという間に追いつかれました。
まだ負けないけど、僕より優れてる部分も沢山ある。

この子の成長に驚くとともに、僕自身が削蹄師として伸びてないなとも思うわけです。
今までは勢いと経験だけでやってこれた。
でもそれはおそらく今がピーク。

力も落ちているし体もガタがきだしている。
ここで集中力までも落ちてきたら、きっと大きな怪我をするだろうし、大きな怪我をさせてしまう。

別に悲観してるわけじゃなく、どんな仕事も現状維持なんてものはないわけです。
肉体も集中力も徐々に衰えてくるのは当たり前。
通用しなくなる。

削蹄師としての自分の強みは何なのか。
多分それは「変わってる事」。なのかなと思う。
否定的なニュアンスで使われる言葉だけど、僕は変わってるって言われることに悪いイメージは持っていない。

牛も飼い方も時代と共に変わる。
和牛削蹄も同じ、牛と環境に合わせた蹄に変化させていくものだって思ってる。
そのためには僕自身も変化しなくちゃな。

クレイジーとは変わり者。

例えイカれてるように見えても、そんなクレイジーならありだと思う。

「ああ、放牧された牛の蹄って美しいな。。。」

死蹄を触りながらそんな事ばかり考えてる僕。
ヤバイね。変な人だね。
で、でもこれ、セーフな方のクレイジーだよね!!

そんな事を思う今日です。


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田中 一馬
1978年生まれ。兵庫県三田市出身。田中畜産代表。小さい頃から動物が大好きで北海道酪農学園大学へ入学。在学中に畜産の魅力に目覚め、大学院を休学して2年間畜産農家で住み込みの研修に入る。2002年に独立して田中畜産を設立。但馬牛の子牛生産をメインに、牛の蹄を切る削蹄師として全国の牛の蹄をサポートをしている。2008年に精肉部門を立ち上げ、自家産の但馬牛で放牧牛肉の生産と販売に挑戦中。