「食べるものに感謝しよう」 この言葉にどれだけ実感を持っている人がいるのだろう?

ネズミ捕りのシートにスズメがかかってた。
雪が降ると群れで牛舎にやって来て餌の中に糞をするスズメ。
防疫的にも害鳥になる。
愛でる心と哀れむ心、そして割り切って処理する心。
どれも本当の心だ。

牛にしてもそう。
愛でる心と割り切る心。
人の心は善悪で語れるほど単一じゃない。

人がする仕事も然り。
激励も批判も傍観もある。
正しさなんてその人の好みだと、そう思っているくらいでちょうどいい。

そんなことを考えていたら、子供たちがスズメを救出していた。

でも、やっぱりダメでした。

家に帰る道中、牛の餌に群がるスズメを見て「ほら、あそこにもスズメがいるよ。」と声をかけるけど、「あれは死んだ子とは違う。」という娘。

そのとおり。
僕にとってはどちらも変わりのない害鳥だけど、娘にとっては特別な鳥。
だから僕にとっても特別な鳥になっていた。
僕は自分勝手だ。
でも、そんな自分勝手さが人の魅力だと思う。

その日の午後、子供達と海を見に行った。

海へと流れている河口には死んだばかりの鹿がいた。

死んだ鹿を棒でつつく娘に「スズメは死んで悲しいのに、鹿はなんで悲しくないの?」そう聞くと、娘はこう答えた。

「関係ができてないから。」

ストレートな娘の返答に少しどきっとした。

「命は大切に」「いただきます」「食べるものに感謝しよう」
こういった綺麗な言葉が世の中にはふわふわと蔓延している。
この言葉を伝える側も受け取る側も、どれだけ実感を持っている人がいるだろう。
その言葉に胸をつかまれる人がどれだけいるのだろう。

関係とは実感だと思う。
実感の伴わないものは響かないし残らない。

それはこういったブログやSNSの発信でもそうだ。
言葉が溢れる現代だからこそ、今後ますます言葉は届かなくなる。

血肉の通った言葉だけが残り、残ったものの中で初めて、好き嫌いというフィルターにかけられるのだと思う。
だからこそ地に足をつけることや実感を持つことが大切になるんだと思う。
リアルでもネットでも虚像は続かない。

畜産は屠る仕事でもあるから、僕の周りには否定的なコメントも集まる。
仕方ない。
いろんな考えの人がいるもん。
批判も激励も傍観もそれはそれ。

ただね、毎日牛を飼い1頭1頭の命を繋ぎ最終的に屠畜して、肉を切り発送し、お客さんからの投稿を見ていると、繋げる仕事なんだって強く実感するんです。

大切に食べてくれてありがとう。
こう思えることが、今の僕の自慢です。


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田中 一馬
1978年生まれ。兵庫県三田市出身。田中畜産代表。小さい頃から動物が大好きで北海道酪農学園大学へ入学。在学中に畜産の魅力に目覚め、大学院を休学して2年間畜産農家で住み込みの研修に入る。2002年に独立して田中畜産を設立。但馬牛の子牛生産をメインに、牛の蹄を切る削蹄師として全国の牛の蹄をサポートをしている。2008年に精肉部門を立ち上げ、自家産の但馬牛で放牧牛肉の生産と販売に挑戦中。