畜産とは命を守る仕事ではなく、命を届ける仕事だということ。

「あんな所に牛舎あったっけ?」
疲れてる時によく見る夢。
壊れそうな牛舎に近づきながら、そこに牛を入れていた事を思い出す。
「やばい、いつから行ってなかったんだ。。。」
押しつぶされそうな気持ちで牛舎に入ると繋がれて餓死した牛たちが。。。
そんな夢。

ちなみに現実は1年半事故ゼロを継続中。
これ自慢っす。
それでもこんな夢を見る。

死なせないなんて軽々しく言えない

冒頭の内容をSNSに投稿すると、何人かの畜産農家から「全く同じ夢を見る。」とコメントを頂いた。
少し驚いたがやっぱりなと思った。
牛飼いは不安との戦いだ。
朝牛舎に行くのが怖いなんてことは、当たり前のようにある。

命に絶対などない。
僕だって自分がいつ死ぬのかはわからない。
不摂生で病気になることもあれば、先天的な疾患や交通事故だって。
寿命なんていい加減な言葉だ。

自分のことですら分からないのに、他の命を死なせないなんて軽々しく言えない。
出来ることは向き合うくらいのこと。

例えば出産。
病気ではないので基本的に人の手は要らない。
勝手に産むのが当たり前。
でも毎回牛ごとにケースは異なる。
当たり前を疑うのも仕事。

この子は胎盤が早く剥がれて来た。

逆子や

親が舐めずに低体温で仮死状態になることもある。

但馬牛は弱く、普通の黒毛和種以上にアレルギーが起きやすいし。

遺伝的な要因もたくさん抱えてる。

変わり続ける牛、変化する病気、思いもよらない事故、流産や死産。
これらは人の世界でも同じだ。

命を届ける仕事

様々な媒体で発信していると、「動物が好きなのになんで殺すんですか。」といった質問をよくもらう。
その殆どは頭ごなしの断罪なんだけど、好きだからこそ病気をさせないように殺さないようにと苦悶するんだよね。
最も牛に向き合っているのが牛飼いなんだと思っている。

1年半事故がゼロであっても、安泰だなんて思ったことはない。
絶好調の時も悪循環にはまった時も、同じような悪夢は見る。

死なせないというのは人の範囲を超えている。
それでも死なせないようにしたい。

命を守り屠畜する。
このことに矛盾を感じないのは、僕ら畜産農家が自分の仕事の意味を知っているからだと思う。
畜産とは命を守る仕事ではなく、命を届ける仕事だということ。
届けるって難しい。


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田中 一馬
1978年生まれ。兵庫県三田市出身。田中畜産代表。小さい頃から動物が大好きで北海道酪農学園大学へ入学。在学中に畜産の魅力に目覚め、大学院を休学して2年間畜産農家で住み込みの研修に入る。2002年に独立して田中畜産を設立。但馬牛の子牛生産をメインに、牛の蹄を切る削蹄師として全国の牛の蹄をサポートをしている。2008年に精肉部門を立ち上げ、自家産の但馬牛で放牧牛肉の生産と販売に挑戦中。