但馬牛はなぜ美味しいのか

先日新聞の取材があり「但馬牛はなぜ美味しいのか」という話になった。

但馬牛は美味しい。
これは和牛関係者なら特に異論のないところだと思う。

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牛肉の味は①品種と②食べるもの(餌や水)③肥育期間、④性別、⑤環境で決まる。
その中でも品種、血統といった血の持つ情報は牛肉の味の大きな要因となります。

但馬牛は牛の品種の名前です。(但馬牛ってなんだろうと思った方は過去ブログ「美方郡産但馬牛」をご参照ください)

どうして但馬牛という血統が美味しいのか?
僕は半分が歴史と風土、そして半分がたまたまだと思っています。

但馬牛が美味しい理由の半分は「歴史と風土」と書きました。
但馬牛は700年にもわたって雪の多い但馬の地で、地理的な問題から閉鎖的な交配が繰りかえされて作り出された牛です。
冬は草がないためワラや夏場の干し草、残飯で飼われてきました。
年中温暖な地域で飼われていた牛に比べ、質素な食べ物でも体を維持でき、脂肪も入りやすく、融点も低くなったと推測もできます。
この地域で何百年も閉鎖育種で飼われていたことは、この地域の環境が但馬牛を作ってきたと言えますし、但馬牛の味も気候風土が生み出したものと言えると思います。

一方、美味しさの基準というのは時代によって変わります。
僕らの親世代が子供の頃は柿がおやつで、それが楽しみだったと聞きました。
今の子は柿を食べません。
どれだけ甘くっても、お菓子の方が好きです。
そのお菓子も僕の子供の頃から見れば甘さが控えめで繊細なものが増えてきました。
嗜好は変化します。

残り半分の「たまたま」。
それは700年前からつづく但馬牛が、今あるこの味を作るために改良されてきたわけではなく農耕用として飼われてきた牛であるということです。
美味しさを求めて改良されてきたわけでなく、この地で改良をされてきた牛がたまたま美味しかった。

たまたまと書くと「な~んだ。」と思う方もおられるかもしれませんが、たまたまであってもここまでの遺伝情報が固定されて一つの血統となっている但馬牛は日本の宝だと思っています。

しかし、但馬牛の美味しさは安泰かと聞かれればそれは違うと思うのです。

牛肉の自由化以降、アメリカの牛肉との差別化のため日本の和牛は霜降りを入れることに力を入れ始めます。
当時、兵庫県の但馬牛は他県の黒毛和牛に比べサシがよく入りました。
その為、全国から兵庫県に但馬牛の血を導入する動きが活発化します。
雄牛として1,000万、1,500万、メスで300万もの値が付くこともあったそうです。
特に美方郡産の但馬牛は全国から引き合いが強く、美方郡産但馬牛が和牛の最高峰とされていた時代だったと聞きました。

しかし、但馬牛を導入した全国の各地域ではその血液を利用してより霜降りが入るよう、より大きくなるよう育種改良を重ねてきました。
そして気が付けば但馬牛をはるかに超える霜降りの能力と増体を持つ牛が全国に溢れるようになったのです。

いまや但馬牛はサシでは全国で勝負できません。

そして全国的にサシが血統構成で入るようになってきた結果、つぎは味の改良に目が向けられてきました。

サシを追求する結果、牛肉中の霜降りの入る割合は明らかに増えました。
しかし、改良というのは何かを求めると何かがなくなる。
何を優先するかで、淘汰されていく遺伝情報もあるのです。
それは繁殖性であったり、味であったり、もしかしたら牛としての強さなのかもしれません。

これからの但馬牛を考えたときに、ますます良くなるとは僕は思っていません。
サシの量も増体も全国で通用しない但馬牛。
飼っている農家は僕も含め「但馬牛は味だ」といいます。

確かに今は「遺伝的に」味での有意差はあるかもしれません。
しかし、そもそもそれを狙って改良してきたわけではありません。
半分がたまたまです。

但馬牛の改良も全国と同じく基本的にサシと増体で進んでいます。
これは枝肉としての評価がサシ×枝肉重量で決まるため、当然の流れです。

しかし、このまま改良を進めていけば、但馬牛も違う牛になってくると思います。
むかしむかしの狭い地域内で雄と交配していた時代と違い、人工授精によって改良スピードは著しく早くなり、遺伝的な偏りも顕著になりました。
5年もあれば牛はコロッと変わります。

育種改良は個人ではできません。
兵庫県の農家が個人個人で考え発言していかなくては、盲目的に「但馬牛は美味しい」に捕まっていては、ますます先は細く細くなるのです。

今は牛を売ればどんな牛でも儲かります。
但馬牛は何故美味しいの?
各々意見は違って当たり前。それはそれでいい。

ただ、心地よいところで思考を止めず「なんで?なんで?なんで?なんで?」を一生重ねていかないと、僕らは牛飼いできなくなるよ。
そんなことを思った日でした。


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田中 一馬
1978年生まれ。兵庫県三田市出身。田中畜産代表。小さい頃から動物が大好きで北海道酪農学園大学へ入学。在学中に畜産の魅力に目覚め、大学院を休学して2年間畜産農家で住み込みの研修に入る。2002年に独立して田中畜産を設立。但馬牛の子牛生産をメインに、牛の蹄を切る削蹄師として全国の牛の蹄をサポートをしている。2008年に精肉部門を立ち上げ、自家産の但馬牛で放牧牛肉の生産と販売に挑戦中。