幸せに生きることと現状に浸ることは違う。

今日、削蹄の後輩が「牛飼いに専念するためにツメキリの仕事から抜けることにしました。」と挨拶に来てくれた。
「寂しいな」とか、「ここで辞めちゃうの?」とか、「だいぶ切れるようになってきたのにもったいないな。」とか、いろいろ思ったりもする。
だけど僕がどうこう言うことでないし、決断を応援したい気持ちのほうが大きい。

また、今日の神戸新聞には「但馬牛の伝統 私が残す」と地元の若い牛飼いの子が載っていた。
子牛が死んじゃった写真まで掲載されていて、思うとこもあるけど、あいつも頑張ってるんだなとも思う。
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そもそも僕自身、色物で先輩方からは『思うとこがある』どころのもんではなかったと思う。
傍から見れば見れたもんじゃなくっても本人は必死。
でもまあそんなもんだと思う。

留まり続けている人間なんていない。
若かろうが年をとろうが、各々が自分の人生を生きている。

そんなことを思ったとき、自分の姿に違和感を感じた。
俺は踏み出しているんだろうか。
今までいろんなことに手を出しては失敗し、そんな中でもどうにかやりたいことをやってきた。
気が付けば評価してくださる方も増えた。

しかし、今一瞬を振り返ると、澱んでいると思ってしまった。
牛飼い、削蹄、牛肉販売。
そんな肩書きや評価に気が緩み、止まっている。

牛飼いとしても中堅に入り、子牛は相場高、削蹄は一定のポジションを、牛肉販売もクレームなく喜んでもらえて、牛飼い仲間からは一馬くん一馬くんと可愛がっていただいている。
それはそれで良い。
だけど挑戦し続けるはずが、そんな環境に甘えてしまっている気がした。

現状は現状で永続的なものではない。
心地いい空間にいると感覚が鈍る。緩む。

挑戦しているという環境に、腰を下ろして納得した時点で、劣化は始まる。
それでなくても僕は常に劣化しているのに。

先人が突き抜け、若い子達が新しい道を模索している中、今ある現状に安心してしまうのは後退でしかないと思う。
今を幸せに生きることと、現状に浸るのは全く違う。
僕は今の僕で満足しているのか?
違うよね。

出来ることは無限にある。
流れは緩やかでも支流でもいい。
溜まり濁ることなく進み続けなきゃ。
そう思った日でした。
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田中 一馬
1978年生まれ。兵庫県三田市出身。田中畜産代表。小さい頃から動物が大好きで北海道酪農学園大学へ入学。在学中に畜産の魅力に目覚め、大学院を休学して2年間畜産農家で住み込みの研修に入る。2002年に独立して田中畜産を設立。但馬牛の子牛生産をメインに、牛の蹄を切る削蹄師として全国の牛の蹄をサポートをしている。2008年に精肉部門を立ち上げ、自家産の但馬牛で放牧牛肉の生産と販売に挑戦中。