放牧場に草が生えていた。

我が家のメイン放牧場でもある大照放牧場。
毎年少しずつ拡大し、間伐し、芝を植え、牛の頭数や時期を調節しながら放牧場をつくってきました。

そして2年前、放牧場の大改造を実行。
山林では伐採してあったエリアの木の根を全て抜いてブルで整地。
草地は全て天地返しして牧草の播種。

(これで翌年以降生産料が上がるはずだ。糞尿も利用できるし、一部牧草も収穫しよう。)

と、いう思いとは裏腹に牧草の芽は出ず、一面裸地状態になった。
黒ボクの表土を1枚はぐれば、焼けたような赤土と石。
この地の赤土は火山などで焼けて出来た赤土で作物が育たない地質だと言われる。
そして3年前までは鬱蒼と木や草が茂っていた場所は石ガラの裸地に。。。。

大失敗でした。

翌年に再度牧草の種を蒔きましたが、非常に生育が悪くてとても放牧などできません。
牛を出せない焦りと森が作り上げた山の表土を削ってしまったことへの後悔を胸に、結局去年は13haの放牧場に3頭の牛を放すだけで終わりました。

そして今年山に上がってみると、なんと一面に草が生えている。。。。
まだ裸地の部分もあるが、昨年とは大違い。
生き残った草が、僕が何をするわけでもなく勝手に増えたのだ。
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こんな山の姿を見ると本当に日本の、特にこの山陰の気候風土がたくさんの植物を育んできたのかがよくわかる。
このまま10年放置したら、裸地は山に戻るだろう。
もちろん前のような山に戻るには10年どころではきかない。
しかし、僕らの都合などお構いなしに草は生える。木も生える。

そんなのを見ていると「永続的な」放牧場なんてものは存在しないと気がつく。
一時的にその場所を使いやすいように使う人が居るだけで、それが1世代で終わるのか3世代続くのかはわからない。
何十年かけて素晴らしい野シバ草地を作っても、ほっておくと山はかってに山に戻る。

ほんの数十年前まではこの但馬地域ではあちこちの集落に共同の放牧場があった。
しかし、そのほとんどが山に戻っている。
ぼくもその放牧場を復活させようと歩いた事があったが、すでに下草も生えないほど木が覆い茂っており断念した。
続いてきたものであっても続ける人がいないと続かない。
当たり前のこと。

僕は自分が必要だと思うことを、もしくは自分にとって必要だと思うことをするために「放牧」を取り入れている。
それは全体の牛の3割にも満たない。
ストイックに放牧だけにこだわる気もない。
でも、そこに必要性を感じてくれる人がいるからこそ放牧のお肉も買っていただける。
人がいるから続ける事ができる。

最近大規模化vs放牧スタイル、霜降りvs赤身といった牛飼いを2極化して語るメディアが多くなった。
大抵は放牧スタイルの方が持続的で理想的だというものだ。
しかし、そんなもんじゃない。
逆でもない。
持続的かどうかは経営スタイルではなくその時その時の人だからだ。

そんなことを考えながら放牧場を歩いていたらワラビが密生しているところがあった。
ワラビは牛が食べると中毒を起こす。
おまけに除草剤ではなかなか絶えない。
一番いい方法が年に4回以上刈るという方法。
ワラビの力を削ぎつつ、ワラビが再生しているうちに牧草を伸ばして最終的にワラビを封じ込める作戦なのだ。
牛にとって快適な放牧場にするために、刈払い機でブンブン言いながら次々と切っていく。
それだけじゃもったいないので、一緒にワラビ採りをした。

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田中 一馬
1978年生まれ。兵庫県三田市出身。田中畜産代表。小さい頃から動物が大好きで北海道酪農学園大学へ入学。在学中に畜産の魅力に目覚め、大学院を休学して2年間畜産農家で住み込みの研修に入る。2002年に独立して田中畜産を設立。但馬牛の子牛生産をメインに、牛の蹄を切る削蹄師として全国の牛の蹄をサポートをしている。2008年に精肉部門を立ち上げ、自家産の但馬牛で放牧牛肉の生産と販売に挑戦中。