僕が尊敬している古本千一という牛飼い

こんにちは。
但馬牛繁殖農家のお肉屋さん、田中畜産の田中一馬です。

僕はこのブログにjetpackというアクセス解析のアプリを入れています。
jetpackではブログのアクセス数(PV)はもちろん、どんなキーワードでこのブログに来られたのかを見ることができます。

先日見たところ「但馬牛 農家 古本千一」というキーワードを見つけました。

図2

おそらくこの記事がグーグル検索に引っかかったんだと思います。
但馬家畜市場2015.11.11子牛市

古本千一さんは4年前に他界された僕の尊敬する牛飼いさんです。
ずっと古本さんの事をブログに書きたかったのですが、4年間書けずにいました。

そんな中、たった2人の方ではありますが、今もなお古本さんの名前を検索される方がいることに胸が熱くなりました。
少しだけ、古本千一さんの事を書かせてください。

古本千一さんとの出会い

古本千一さんは美方郡新温泉町(旧浜坂町)で10頭ほどの牛を飼っていたベテラン牛飼いさんです。

2012年初旬、85歳で他界されました。

古本さんとの出会いは平成16年~17年くらいだったと思います。
地元の牛飼い仲間で視察に行く際、同席させていただいたのが初対面。

その後は顔を見てお話しする程度のお付き合いをさせていただいていました。

平成18年9月14日。
但馬家畜市場9月子牛市に古本さんの『てるとよ』の子が出品されていました。

てるこ3という子牛です。

当時の僕は高齢の経産牛や30万円台の安い子牛しか買えなかったのですが、『てるこ3』はどれだけ高くても競りボタンを押し切ろう!!」と、初めて思った牛でした。

番号が近づくたびに心臓がバクバク、競り落ちるまでは視点定まらずドキドキ。。。
傍から見ても購買ボタン押しているの見え見えだったと思います(笑)

古本さんから教わった真摯に学ぶという生き方

このときの子牛が縁で、古本さんとお話をさせてもらうことが多くなりました。
お話といっても実はほとんどが古本さんのほうからでした。

古本さんはいつも牛舎にやってきては、
・「田中さん、牛が双子を産んだんですけどな。ミルクの量はどういう風にやればいいんですかな?」とか。
・「それだと下痢をせんですかな?」とか。。
・「中々上手く飲ませられんのですが、飲ませ方はどうすればよいですかな?」とか。。。
・「ありがとうございました。わしはどうもこういうのがよくわからんもんで、また聞きに来させてもらってもよろしいかな?」とか。。。。。

とにかく何でも疑問に思ったことをどんどん質問されるんです。

古本さんの牛飼い暦は僕なんかと比較にならないほどの大ベテラン。
当時の僕は牛飼いを初めて5年もたたない新参者。

そんな僕に何度も何度も「教えてくださいな」って、車で40分かけて来られる姿は衝撃でした。

正直最初は「そんなことも知らないんだ。」って軽く見ていました。。。
牛飼い初めて数年の新米のくせにね。
僕の方がよっぽどつまらんプライドを持っていた。

80も過ぎれば隠居される方も多いし、今まで経営してきた自負もガチガチにあって普通です。
それなのにどこの誰かもわからんような僕を評価してくれ、85歳になってもになってもひたすら真摯に学ぼうとする姿勢。

後にも先にもこんな方を見たことがなかった。

古本さんは牛市に行けば毎回びっしりと市場名簿にデーターを記録し、それを活かそうと行動されていました。
(数十年積み重ねてきた名簿。ご家族の方から形見にといただきました。)
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昭和57年からの全ての牛市名簿が、古本さんのデーターベースでした。
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古本さんは毎回新聞の切り抜きを牛市名簿に張っていました。
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自分なりにデータをまとめ、どこに行ってもメモ帳は欠かしませんでした。
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兵庫県が雌子牛を買ったときは本当に嬉しそうで、子牛の尻尾の毛を名簿にセロテープで貼っていました。
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これが僕と古本さんを繋いでくれた平成19年9月市の名簿。
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内側には僕が買った「てるこ3」の伝票が大切に貼られていました。
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古本さんは普通の牛飼いさんでした。

でも、僕にとって古本さんの存在はとても大きかった。
プライドと劣等感の塊だった僕。
この方と出会わなければ僕は勘違いの塊になっていたと思う。

本当に孫のように思ってくれていて、結婚した時も子供が生まれた時も自分のことのように喜んでくれた。
晩年、集中治療室にいる時も僕の話をよくご家族の方にしてくれていたらしい。

亡くなった後、使われていた農機具を頂きに古本さんの集落に行ったことがありました。
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遺族の方の了解のもととは言え、倉庫をごそごそしていたら不審者に見えます。
すぐに近隣の人が「あんた、どこの人だ?」って不審な顔をして寄ってこられました。。。

緊張しながら「村岡の田中と言います。生前古本さんにお世話になっていて。。。」と言ったところ「一馬君か。話はよく聞いてたよ。」ってすぐ話が通じたんです。

本当に僕の知らないところで、僕はずっと古本さんに応援されていたんだなって。
亡くなった後からも思いました。

僕にとっては一生忘れることのできない大先輩です。
久しぶりにお線香をあげに行こうと思います。

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てるさち、てるとよ、てるこ3、てるとよひめ、てるこひめ、てるとよきく、てるとよにし、てるひさ。
てるこ3から始まった古本さんの牛は、今やこんなに増えました。
この牛たちとともに、これからも牛飼いを続けていきます。

ありがとうございます。


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田中 一馬
1978年生まれ。兵庫県三田市出身。田中畜産代表。小さい頃から動物が大好きで北海道酪農学園大学へ入学。在学中に畜産の魅力に目覚め、大学院を休学して2年間畜産農家で住み込みの研修に入る。2002年に独立して田中畜産を設立。但馬牛の子牛生産をメインに、牛の蹄を切る削蹄師として全国の牛の蹄をサポートをしている。2008年に精肉部門を立ち上げ、自家産の但馬牛で放牧牛肉の生産と販売に挑戦中。

コメント

  1. 楠田育伸・喜美恵 より:

    古本千一の長女、喜美恵の夫です。貴ブログを拝見し妻は涙を流して何度も読み返して
    います。義父の元気な時に牛糞の処理や牧草作りや餌やりを手伝わされた牛舎を懐かしく拝見、当時の情景を思い出し、只一途に牛と寄り添いながら牛飼生活を送っていた義父の
    姿が脳裏に浮かんできます。「てる・・・」の血統も脈々と受け継いで頂いており、感謝
    感激です。陰ながら応援させて頂きますので、今後ともご健勝で更なる飛躍されんことを
    お祈り致します。

  2. 田中 一馬 田中 一馬 より:

    楠田さま
    コメントありがとうございます。
    本当に嬉しかったです。
    まだまだ色々とお話もしたいこともあります。
    また、お線香をあげにお家へ行かせてくださいね。

    頂いた思いを受け継ぎながら、僕は牛飼いに邁進していきます。
    僕はずっとここで牛を飼っています。
    お時間のある時にはまた牛も見に来てください。
    奥様によろしくお伝え下さい。
    ありがとうございます。

  3. りん より:

    かっこいい人ですね。

    そんな関係羨ましいですね。