雑記

12月5日に『さとみ』を、24日には『ふくよし』を屠畜しました。
どちらも【放牧敬産牛肉】として我が家で販売します。
それに伴い、ホルモンも引き取りました。
更に今年からは牛肉のカットを肉屋さんに委託せず、自分たちで行う事にしました。

僕は牛飼いです。
子牛が売れて生活が出来ている。
逆に言えば、良い子牛を生産できないと生活が出来ない。
色んな意見があるが、今の僕は牛飼いでいえば三流だと思っている。
ブログで謙虚な事は書かないので本当にそう思っている。
牛を見れば分かる。
このままでいけない事も分かる。
(正確に言えば良い子牛生産と生計とは別のベクトルなんだけど。)

良い子牛を生産するには知識と技術とセンスがいる。
知識がなくては技術はできない。
技術があってこそセンスが光る。

知識とは入口でしかない。

実践し、積み重ね、考え、身につけたものが技術。
センスは、今の僕にはまだ分からない。

例えば、子牛生産の技術を身につけるためには、牛が見られなくてはいけない。
牛が見れなくては知識も使いようがない。
牛が好きじゃなきゃ(もしくは儲ける事が好きじゃなきゃ)牛は見れない。

今回、自分たちで牛肉をカットする事で得るものはとても大きかった。
よりお客さんの求める、喜んでいただけるお肉が提供できる。という思いも強くなった。

一方でリスクもある。
先日『ふくよし』のホルモンを洗っていたのだが、廃棄する事になってしまった。
あれもする。これもする。そうやっていくと手が届かないところが出てくる。
数あるやる事の中から出来る事は限られて来て、ふくよしのホルモンから僕は中途半端に手を離した。

それで良かったと思う一方で、悔しいし、そんな事なら屠畜するなという気持ちもある。

例えば、牛飼いと育児をしながらホルモンを洗うのに2日徹夜をする。
カット、パック詰めまですると3日かかる。
それでも牛は満足に見れない。子供にもかまってやれない。
それは、たかだか2~3日の話ではない。

僕はまだまだ全然未熟だから、牛との距離が2日狂うと牛が見られなくなる。
その2日で牛は調子を狂わす。
育児だってそうだ。

何かに手を出す事のリスク、何もしない事のリスク。
生きている限り常に、常に何かを選ばなくちゃいけない。

選ぶのは怖い。
でも、選ばない人生はどんな人間でもありえないから、色々な意見も状況も思いも一度全部心臓に突き刺して、自分で決めるしかない。
怖くても進む過程に満たされる瞬間は山のようにある。
だから生きていける。
鬱になってそう思った。

「おまえは牛が好きなのか?」そういった事を多くの近しい方々から言われる。
5年ほど前だったか、一番身近な親からもそう言われた。
多くの言葉が心臓に刺さる。

何が正しいのか。それを決めるのは自分でしかないのは分かっていても、それでも変わらず怖いのは、怖いというのが僕の死ぬまでの課題だからだと思う。

一瞬悟った気になっても、お金がどかっと入ってきても、僕は一生怖がりだと思う。
満たされる瞬間は山のようにある。
それでもなお、怖さこそが自分なのだと思う。

d0099005_23153291
(写真は24日に屠畜した『ふくよし』という母牛。今まで枝で200kg前後だったのですが、この子だけ260㎏ありました。美味しいと思います。)

※現在、お肉は手元にたくさんあるのですがHPにまで商品をアップ出来ていないのが現状です。
FaceBookの[田中畜産のページ]で一番最新の田中畜産の情報を見る事が出来ます。
よければこちらも覗いてみてくださいね。


The following two tabs change content below.
田中 一馬
1978年生まれ。兵庫県三田市出身。田中畜産代表。小さい頃から動物が大好きで北海道酪農学園大学へ入学。在学中に畜産の魅力に目覚め、大学院を休学して2年間畜産農家で住み込みの研修に入る。2002年に独立して田中畜産を設立。但馬牛の子牛生産をメインに、牛の蹄を切る削蹄師として全国の牛の蹄をサポートをしている。2008年に精肉部門を立ち上げ、自家産の但馬牛で放牧牛肉の生産と販売に挑戦中。