子牛の死亡事故をゼロにするために

こんにちは。
但馬牛繁殖農家のお肉屋さん、田中畜産の田中一馬です。

僕がまだ就農する前のこと、ある牛飼いの奥さんがこんなことを言っていました。
「嫁いでくるまでは牛が死ぬなんて考えたこともなかった。牛って死なないものだと思っていた。」と。

この言葉は今でも僕の胸に残っています。
15年前にスタートした畜産経営。
屠畜は別として、僕も牛が死ぬなんてことは考えたこともありませんでした。

初めての事故は就農2年目の夏。
放牧場でのワラビ中毒による親牛の死亡事故でした。

お産で羊水が肺に入って酸欠でだめだった子、冬場早産で低体温症で冷たくなっていた子、生まれた子牛を親牛が踏んづけて内臓破裂といったケースもあったし、心臓の奇形で数日で死んだ子もいた。

牛を飼っている以上、死廃事故を経験していない人は皆無に近いんじゃないかと思っています。

牛の事故をゼロにする。
これって簡単なようで本当に難しい。

死廃事故の現状と要因

牛の死亡や廃用にはさまざまなケースがあります。
・流産、死産などお産にかかわるもの
・奇形などの先天的なもの
・下痢や風邪など病気が引き金になるもの
・脂肪壊死や腎不全など遺伝的要因の大きなもの
・骨折や外傷などの事故
・餌による中毒症
・外気温など環境によるもの
・心不全などなど

これらの事故は色々な要因が絡み合って起こります。
その中で最も多いのが子牛の事故

平成28年度の美方郡における家畜共済実績によると、共済加入農家101戸5438頭(肥育は除く)のうち死亡や廃用は243頭。
うち子牛は2,690頭で、死廃は165頭もいました。
つまり、生まれた子牛の約6.1%が死亡している計算になります。
また、この共済データには妊娠240日未満の流産等は含まれていないため、胎児も含むと実際の子牛の事故率はさらに多くなります。

牛の死は農家にとって精神的に大きなダメージであるとともに、経済的にも大ダメージです。
牛は種付けをして生まれるまで10ヶ月近い日数が必要です。
死んでしまえばそれまでかけていた時間や労力経費など、すべてが無駄になります。

僕ら畜産農家にとって牛の事故は死活問題。
それでも起こる死廃事故。
なぜこのような事故が起きるのでしょうか?

遺伝的要因から事故を考える

事故が起こる大前提として牛の強靭性を無視することは出来ません。
そもそも黒毛和種は牛の中でも非常に虚弱な品種です。
海外から精液を導入できるホルスタイン種と違い、黒毛和種は日本国内にいる65万頭の牛のみで改良を重ねています。
こういった限られた資源の中で改良をするため、近交係数の上昇や血の偏りによって不良因子も出てきています。

ちなみに、僕の住む兵庫県美方郡では地域内にいる2700頭の但馬牛のみで改良を行っています。(美方郡内閉鎖育種といいます。)
同じ黒毛和種の中でも但馬牛は明らかに虚弱な牛です。

どんな飼養管理も牛の能力以上のことは出来ません。
弱い牛をこれ以上虚弱にしない改良も、牛の事故を減らすためには大切なことだと思っています。

ブログ『美方郡産但馬牛』

事故に関係する環境要因

遺伝的要因は確かに大きな問題ですが、死因に直結するのは環境要因です。
飛び出した鉄杭に引っかかって怪我をするといった物理的なもの、お産の介助の不備(人の技術不足)、冬期の下痢による低体温症、ウイルスなどによる疾病、ストレス、餌の急変、中毒症、、、上げればきりがないほど環境要因は多岐にわたります。

この中で物理的・人為的な事故と奇形などの先天的なものを除けば、ほとんどが牛の免疫が下がることによって引き起こされるものばかり。
逆に言えば牛の免疫がしっかりしていれば子牛の事故は大幅に減るということです。

強い牛を作る。

わかってはいるんだけどこれが難しい。

強い牛を作るために行う3つのステップ

強い子牛を育てるためにやれることってたくさんあります。
でも大切なのは順番なのかなって最近思うようになりました。

1、親牛を健康に飼う事
2、環境の整備(カウコンフォート)
3、3ヶ月までの子牛のケア

すごくシンプルなんですが、この順番を意識するようになって事故は明らかに減りました。

1、親牛を健康に飼う事

ワクチンや防寒対策など、直接子牛にできるケアってたくさんあります。
しかし、子牛の事故にかかわる最大の環境要因は親牛の状態なんだと思うんです。

妊娠時期の飼養管理と言えば、妊娠末期2か月前から大きくなる胎児の分の栄養を増して飼う方法が昔からの常識です。
しかし、イリノイ大学のジェームス・K・ドラックレィ博士によると妊娠初期の1/3も非常に重要な時期であることが分かってきています。

妊娠初期1/3の母牛の栄養や環境から受ける刺激が、飼料効率や低体温症への強さなど胎児の代謝機能に大きく影響し、妊娠後期1/3は産子の発育率や体組成に影響を与える。

簡単に言えば、胎内での子牛の能力のスイッチは入るんだよって話。

これは胎児プログラミングと言って人間ではかなり解明されている分野で、牛ではこれからの分野。
でも、この考え方が僕には凄くしっくりくるんです。

すでに牛でも様々なことが分かってきています。

例えば
・親牛の暑熱ストレスはその後生まれる産子のIgGの吸収率を下げ、子牛の死亡率を上げる原因になるとか
・泌乳期ピークで受胎して生まれた子牛より、泌乳後期に受胎して生まれた子牛の方が初産時の乳量が多いとか

胎内での環境が、生まれてからの数年後の牛の能力までを決めているって凄いですよね。

我が家でも昨年から親牛の管理を見直すことで、子牛が生後30分以内に親の乳を飲みに行くようになりました。
今年に入ってからは100%の確率です。
今までちょこちょこ出ていた後産停滞もひとつも出なくなった。

生まれて1時間以内に55%の牛が立っているかどうかが牛群の活力の指標と言われる中で、30分以内に100%の起立哺乳は予想以上の結果となりました。
(2017/1/1~7/2現在)

僕は牛じゃないから親牛の状態が本当に良いのかどうかはわかりません。

分からないなりに、今は親牛の状態を5つの指標で判断しています。
①牛が落ち着いているか
②肥り過ぎたり痩せ過ぎていないか
③種はつくか
④糞は良くしまっているか
⑤後ろ足に力が入っているか

農場によって牛を見る指標は色々あると思う。
ただ、「種も付くし、体型も適正、牛は落ち着いているし、餌だってちゃんと妊娠末期にバイパス蛋白で増飼いしている。子牛の大きさも標準。だけど生まれた子牛の半分くらいは数時間経たないと乳を飲まない。」
こんなときは親を見る指標がずれているのかもしれない。
子牛の姿は親の姿だから。

30分以内に乳を飲みに行く子牛が何割いるのか。

これを目標に親牛の管理をすることが事故を防ぐスタートなんじゃないのかな。
そんなふうに思っています。

2、環境の整備(カウコンフォート)

子牛が元気で生まれてきても、生まれてきた環境が悪ければ台無しになります。
親牛のヨロイを取るなんてことも環境整備のひとつです。
こんなちょっとしたことでも子牛の免疫の要である初乳の吸収率は変わってくる。

新しい体温計のおかげで定期的な全頭検温も短時間で出来るようになったし、先日は細霧装置を牛舎に導入して暑熱対策と牛舎消毒をスタートさせました。

環境整備とは牛の持っている免疫を下げないためのサポートです。
早期発見早期治療なんていうのも大切な環境整備の一つ。

これができる環境があって、初めて次の子牛のケアが生きてくるのだと思っています。

3ヶ月までの子牛のケア

さあ、ようやく具体的な子牛のケアに入ります。
ひとつひとつの事例紹介は割愛しますが、たとえば初乳であればこんな感じ。

生まれた子牛は全頭生後1時間以内に、ストマックチューブで粉末初乳を2リットル給与しています。

虚弱な但馬牛に一気に2リットルの初乳を飲ますのは、牛にとって負担になるという常識があります。
「そんなに一気に飲ませたら下痢をするし、親の初乳を飲まなくなる。生後8時間以内なら初乳の吸収率は変わらないから子牛の哺乳欲が出るまでは待つべきだ。」と。
僕もずっとそう思っていましたし、それも正解のひとつだと思っています。

ただ、活力のある子牛は生後30分で2リットルの初乳を飲ませても、その1時間後には親の初乳を飲みに行きます。
実際に今年生まれた25頭の子牛たちは全てそうだった。

過去には虚弱な子牛に初乳を少しでも早くと、1リットルの初乳を飲ませて起きた事故もありました。
大切なのは牛にあわせること。
でももっと大切なのは、元気な子牛として生まれてきてもらうことなんじゃないのかな。

大切なのは順番。
全ての指標は生まれた子牛の強さ。
これかなって思っています。

その他にもワクチンや駆虫などいろいろやってはいますが、内容はフツーです(笑)
どれがいいとかは牧場によってさまざまですので、かかりつけの獣医さんと相談してくださいね。

事故ゼロを目標に

偉そうなことを言いいましたが、僕は今まで15年牛を飼ってきて事故ゼロだった年がありませんでした。
奇形や流産などどうしても避けられない事故もある。

「牛は死ぬもんだ」という意見もわかるし、事故率5%に収めれば良いという指標もわかる。

ただ、やっぱり1年間事故ゼロで通すというのは大きな目標にしたいとずっと思っている。

市場でトップセールスを出すことも大事だけど、事故ゼロで平均をとり続けるほうが売り上げだって良いのは当たり前。
目に見える部分ではないけどね。
その農家の姿を顕著に表すのが事故率だと思う。

牛の高値に浮かれることなく、そこを自分の羅針盤にしていきたい。

子牛がいつも調子いいっていう状態は本当に幸せです。
たくさんの事故を経験してきたからこそ本気でそう思う。

2017年もあと半分。
このまま1年間事故ゼロを継続できるよう、気を引き締めて牛を見ていきたいと思います!!

やんぞーーーーーー!!!!!

おまけ

と、ブログを書いてる最中に起きたこのお産。

なんと逆子!!

妻と二人で引っ張って、するっと出てきてホッとしたのも束の間。。。

なんと、子宮が、出てきたーーーーーーー!!!!!

マジかよ。。。

子宮脱は知ってはいたけど、体験したのは初めてでした。。。

幸いなことに見つけたタイミングがよく、子牛は超元気。
子宮脱も出てきた瞬間に現場にいたこと、獣医さんがたまたますぐに来てくれたことでほぼ出血ゼロで押し込むことが出来た。

体中から力が抜ける。。。
本当に良かった。。。

もし見つけるタイミングがずれていたら、子牛は死産で親牛は血だらけで廃用ってことになった可能性は大いにある。

いつ何があるか分からないのが牛飼いだって痛感しました。。。

と、言うことで、我が家の事故ゼロはまだまだ実力ではありません。

大半はです!!

それでもいいんだ。
できることをやっていくだけだから。


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田中 一馬
1978年生まれ。兵庫県三田市出身。田中畜産代表。小さい頃から動物が大好きで北海道酪農学園大学へ入学。在学中に畜産の魅力に目覚め、大学院を休学して2年間畜産農家で住み込みの研修に入る。2002年に独立して田中畜産を設立。但馬牛の子牛生産をメインに、牛の蹄を切る削蹄師として全国の牛の蹄をサポートをしている。2008年に精肉部門を立ち上げ、自家産の但馬牛で放牧牛肉の生産と販売に挑戦中。