失って傷つくのはそれだけ大切だって言う関係を作れたってことなんだよ

こんにちは。
但馬牛繁殖農家のお肉屋さん、田中畜産の田中一馬です。

この時期牛舎にはたくさんのツバメが巣を作ります。
そのうち半分くらいの雛は、カラスが食べてしまって巣立つことはありません。
中には巣から落ちて牛に踏まれてしまう子もいる。
老衰なんて言葉が動物にはあるんだろうかというくらい、多くの動物はさまざまな要因で命を落とす。
人間だってそうかもしれない。

今日も巣からツバメの雛が落ちたという連絡を受けた。

瀕死の1羽はすぐに死に、元気な1羽だけが残った。

子供たちはバッタを捕まえてきては箸でつまんで雛に食べさせている。
直射日光が当たらないよう日陰を作ったり、子供なりの工夫がいろいろ垣間見える。

小さな命を守るために、雨の中を何度も虫捕りに行く娘。
最初は虫を殺すのも躊躇していたのに、気がつけば雛が食べやすいように虫を処理するようになっていた。

雛の横には千切られたバッタたちが集められている。
助ける命と奪う命。

でもこれが優しさだと思う。
エゴの無い優しさなんて僕はないと思う。

そんな雛は食欲が旺盛で、お腹がいっぱいになっても10分もすれば鳴きだす元気の良さ。
そのたびに娘は虫を捕まえに行っていた。

僕も子供のころに巣から落ちた雛を育てたことがあった。
だから娘の姿を見るたびにすごくほほえましい気持ちになれた。

18:00ごろ、妻が珍しく猫を牛舎に連れてきた。

その瞬間にわかった。
「ああ、やられたんだなって。。。」

我が家には猫がいる。
半野良半家猫みたいな立ち位置の猫。
気をつけろよって言っていたのに、ちょっとした隙に噛んでいたらしい。

雛は瀕死だと妻は言った。
娘の姿を想像するといたたまれなかった。

しばらくして子供たちが死んだ雛を牛舎に持ってきた。
家で泣いていたんだろう。
真っ赤な目をしていた。
険しい顔をする僕の姿を見て緊張しているのがわかった。

日も落ちかけて雨も降っていたため、埋葬は明日にすることにして子供たちとゆっくりと話をした。

猫を見てなかった娘が悪いのかと言われればそんな訳ない。
誰も悪くない。
ただとにかく悲しくて、胸が苦しいんだよね。
そんな娘の姿が辛い。

命は平等だという意見がある。
確かにそうだ。
命は平等に終わりがある。

ただ、命の価値には差があると思う。

バッタもツバメも同じ命。
でも娘にとっては違った。

同じツバメの雛にしてもそうだ。
3羽いた雛の1羽は牛に踏まれて死んでおり、もう1羽は拾ってすぐに死んだ。
それを見た娘は「お父さん、牛に踏まれた雛のお墓作っといてあげて」って少し他人事のように言っていた。

でも、自分が育てると決めて何度も餌をやり、関係が出来た雛だけは違った。
娘にとっては特別な命だった。
名前も付けていたから余計に傷ついたんだと思う。

よく、「牛に名前付けて肉にするときに愛着わかないんですか?」とか「かわいそうな気持ちはないんですか?」とか聞かれます。

何聞きたいんだろうって僕はいつも思う。
そんなこと聞いてどうしたいんだろって。

関係性を持てば特別な存在になるのは当たり前。
傷つくのがいやなら関係性なんて持たないほうがいい。

でも人は関係性を求めます。
それはそこに喜びや幸せがあるって知っているから。
失って傷つくのはそれだけ大切だって言う関係を作れたってことなんだよ。
だから悲しい気持ちこそ大切にして欲しい。

なんでもなかったかのように薄めることだけはしたくないな。
それはきっと娘が作った繋がりを否定するのと同じことだから。


The following two tabs change content below.
田中 一馬
1978年生まれ。兵庫県三田市出身。田中畜産代表。小さい頃から動物が大好きで北海道酪農学園大学へ入学。在学中に畜産の魅力に目覚め、大学院を休学して2年間畜産農家で住み込みの研修に入る。2002年に独立して田中畜産を設立。但馬牛の子牛生産をメインに、牛の蹄を切る削蹄師として全国の牛の蹄をサポートをしている。2008年に精肉部門を立ち上げ、自家産の但馬牛で放牧牛肉の生産と販売に挑戦中。